本題に入る前に、この1ヶ月ちょっとの間の私の近況です。
(2月末)
仕事で出かけた京都の路上で顔面から派手に転倒。目の下まぶたに傷を作り赤く腫れ上がり、2週間ほどはDVでも受けたのかと疑われる状態に。かけていた眼鏡の柄もグニャリ。
(3月中旬)
下まぶたの傷跡等がやっと消えた、治った〜♪と思った矢先、左の腰と左脚が痛くなり、夜も眠れない状態に。検査したらヘルニア。湿布と飲み薬、腰にはサポーター。
(1週間ちょい前)
腰と脚、手に原因不明のじんましん。最初は湿布でかぶれたのかと思っていたが、湿布を貼っていなかった手や右脚にも赤いブツがたくさん出る。
何年か前にかかりつけ医からもらって余っていた、かゆみなどのアレルギー症状を抑える薬を服用し、おかげさまで現在は殆どじんましんは消えていますが、たまに少しかゆみが出ます・・・。
・・・・
モノは考えようで、例えば、道でコケた時に眼鏡のレンズが割れて目を傷めなくて良かったし、骨折にまで至らなくて良かった!! 守られた?! と思っています。それぐらい派手な転倒だったので

あ、コケる!!

と思って無意識に体勢を立て直そうとした次の瞬間に、もう一度身体が足が前のめりにガクンと来て、二段ゴケみたいな状況だったんですよ

ヘルニアも今の所は手術しないといけないような重症ではないようで。今はおかげ様で腰の痛みも脚の痛みもだいぶ楽になっていますが(特に就寝時の痛みは)、日によっては日中、痛みやだるさが強まります。
立ったり歩いてる時間が長かったり、逆にずっと同じ姿勢で座ってる時間が長すぎるとダメみたいですね。
特に前者が私の場合はダメみたいで、仕事やプランが大きく狂いました

まあ現在はどちらにせよ、大阪・関西がコロナでまた大変な状況になって来ているので、身体の状態如何に関わらずプランの変更を余儀なくされている状態ではあるのですが・・。
神社やお寺さんでお参りする時に、コロナなどの重病にかからないようにというのはどこでも祈願するのですが、厄除け祈願も念入りにしておくべきだったかなと思っています

お守りを身につけているからこそ大惨事にならなくて済んでるというのもあるのかも知れませんけどね。
皆様もどうぞお気をつけください!!
さてと、今回は大阪または関西某所のスポットについて書こうと思っていましたが、最近の関西でのコロナの状況を鑑み、状況が落ち着いてからご案内させていただくことにしました。
その代わり、押し入れにしまっていた
昔のアルバムを引っ張り出してきましたよ。
「ARUBAMU」覚えたばかりのローマ字が書きたかったと見える(笑)
このアルバムには私が赤ちゃんの時の写真も少しあるのですが、この表紙の字は私が小学校高学年の時に書いたものに違いない。
過去記事で、高校まで住んでいた今はなき生家の写真をUPしたり、他の記事でも数枚程度、自分が幼児・小学生の頃の写真をUPしたことがありましたが、久々に
自分の幼少時の写真をチョイスして何枚か載せてみたいと思います^^
や〜、こういう内容は久しぶりだな♪

子供の頃から写真映りに安定感がないというか、写真によっては別人のように見えるものもあるんですよね

右の写真、日差しが眩しくてあんな怖い目をしてるんだと思ったんですが、手のアクションから見て本気で怒ってたんか?もしかして(苦笑)

赤ちゃんの頃も含めて、モノクロ写真も何枚か残っています。
後ろの車が今見るとレトロやな〜

このブログ多分初登場、私のひいおばあちゃんと、ハトコにあたる親戚の女の子とパチリ。
ブログ掲載にあたってトリミングしていますが、この写真のフチに撮影年が記録されていて、それを見ると1973(昭和48)年の写真のよう。
ひいおばあちゃん、ここから2年も経たないうちに亡くなったことになります。この時はまだ元気そうなのに。
でも、元気でいる間にひ孫たちの顔が見られて、そういう意味では幸せだっただろうな。
あと、この時代のお年寄りというと腰が曲がっている方も相当数多かったけど、こうして見ると思っていた以上に姿勢が良かったんだなあと。

幸せそうないい顔で笑ってる〜!!
手に持ってるおもちゃ、あまり記憶に無いような。さらにズームしてみると・・

私が得意げに持っているのは
「魔法使いチャッピー」のセットで、

ハトコが持ってたのは
「魔法のマコちゃん」のセット!
チャッピーのこんなおもちゃなんか持ってたんだ〜!アッコちゃんのコンパクトは持っていた記憶があるけど、これはすっかり忘れてます。
あ、でもあの赤いテーブルだけは、微かに微かに記憶があるような気も・・・。
昔のこういう女の子のセットのおもちゃって、今見てもワクワクするものがありますね


親戚の家の前で。小学校4年生ぐらいかな? 親戚のおじさんの結婚式に出た時、もしくはお祭りの時、どちらかだったと思います。
たまにこういうよそ行きの服を着せてもらえると嬉しくも緊張しているせいか、自然におすまし顔になるという(笑) こういうよそ行きの服はお金持ちだった別の縁者のおばちゃんが何着か買ってくれて、今でも家に残っています。
ええとこのお嬢様ばりに上質なものを着せてもらってたなあと、今写真を見てもありがたく思います

私をこよなく可愛がってくれていたおばちゃんも3年ほど前に亡くなり、この家も今は空き家に。
一昨年、近くにあるお墓にお参りした時にここにも立ち寄ったけど、子供の時は広く見えた家の前の庭が意外に狭かったことに驚きました。
同じ前庭で、

親戚の家の近所に住んでいた男の子と。
せっかく華やかな着物を着せてもらっているのに、小学生ぐらいの頃からどうももうひとつ着物が似合わなかったんですよね
これは子供だからということでまだ可愛く見てもらえるかも知れませんが、成人式の時の振袖姿など本当に散々で、以来着物は着ていませんw 着物が似合う人が羨ましい。

小学2年か3年生ぐらいの時、家族と一緒に出かけた先で。
「ARUBAMU」の表紙タイトルを書いたのと同時に自分で書き加えたと思われるキャプションには「ひるぜん(蒜山)の神社にて」とあるのですが、他の写真を見ると常香炉が写っていることから、神社ではなくてお寺だったようです。
数年前に大山寺に行った時に、蒜山からも近いのでもしかしてここだったのでは?という期待を抱いていましたが、少なくとも本堂周辺の景色とは違っていました。阿弥陀堂には行かなかったので、もしかして阿弥陀堂だったのかな? この景色を見て、どこかわかる方がおられましたら是非教えてください

もう一度この場所に行ってみたいんです。

親戚のお兄ちゃんと自宅の裏庭で。
おすまししてる雰囲気のかけらもなく、ランドセルも背負い、これぞ正真正銘の普段着写真ですな(笑)
平成、いや令和の小学生と言っても通用する雰囲気ない?・・ないか(笑)
このお兄ちゃんとも、この頃以来もう何十年も会っていません。
昔は写真映りがもうひとつであまり好きな写真と思った記憶はありませんが、今では子供の頃の写真の中でも好きな写真のうちの1枚です
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
こういう昔のアルバムって、数年おきぐらいには何かのついでにパラパラと見ているつもりなのですが、不思議なもので、同じ写真を目にしても自分の置かれている状況、精神状態によって気づくことや感じることが変わってくるものなんですね。それを今回は初めて認識しました。
昭和テーマのブログなので、見てくださっている方に昭和の頃の子供ファッションやら風景やら、色あせたフィルム写真のいい感じの味わいを楽しんでいただけたらという観点から写真を選んでいますが、私自身は今回は、写真に写る家族や親戚みんなの和やかないい表情に惹きつけられました。
亡き祖母や曽祖母、家族のように可愛がってくれた親戚。健在でありながらもう何十年も会っていない親戚や知り合い。
子供だった私にはわからなかった苦労や悩みもそれぞれに抱えていたはずだけど、写真の中ではみんなとても幸せそうに見えました。
こんなご時世だけど、“明るく朗らかに” 生きないとね。 ありがとう♪
また機会があれば、幼い頃の写真をお見せしマス
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それにしても・・そんな状況だったんですね
色々と冷や冷やとされたことでしょう。たまったもんではありませんね。でも、ご無事で良かったです。
ご家族もご無事で何よりです! もしかすると、状況が状況だけにご家族のことで何かあったのでは?と心配しておりました。
アルバムは・・ははっ そう言っていただけると嬉しいというか恐縮です。大きくなるたびにビジュアルが劣化していくのがアルバムを見ていると自分でもよくわかります(苦笑)
寅さん、心が癒され柔らかくなる気がするからこういうご時世にピッタリですよ。しかし見るたびに、この頃は大きな震災もパンデミックもなかったという点でもいい時代だったよな・・と思ってしまい、ますます現実逃避したくなってしまいますが^^;