FC2ブログ

ソラリスの時間

昭和(1960-80年代)の懐かしいモノ、ヘンなモノ満載!!! 脱力系 or ココロトキめくノスタルジックワールドへご案内〜!
☆お知らせ☆
お問い合わせなどは、ブログ記事のコメント欄(非公開設定ができます)から、お願いいたしますm(_ _)m

古いアルバムから、幼い頃の写真を公開〜♪

本題に入る前に、この1ヶ月ちょっとの間の私の近況です。

(2月末)
仕事で出かけた京都の路上で顔面から派手に転倒。目の下まぶたに傷を作り赤く腫れ上がり、2週間ほどはDVでも受けたのかと疑われる状態に。かけていた眼鏡の柄もグニャリ。

(3月中旬)
下まぶたの傷跡等がやっと消えた、治った〜♪と思った矢先、左の腰と左脚が痛くなり、夜も眠れない状態に。検査したらヘルニア。湿布と飲み薬、腰にはサポーター。

(1週間ちょい前) 
腰と脚、手に原因不明のじんましん。最初は湿布でかぶれたのかと思っていたが、湿布を貼っていなかった手や右脚にも赤いブツがたくさん出る。
何年か前にかかりつけ医からもらって余っていた、かゆみなどのアレルギー症状を抑える薬を服用し、おかげさまで現在は殆どじんましんは消えていますが、たまに少しかゆみが出ます・・・。


・・・・

モノは考えようで、例えば、道でコケた時に眼鏡のレンズが割れて目を傷めなくて良かったし、骨折にまで至らなくて良かった!! 守られた?! と思っています。それぐらい派手な転倒だったので
あ、コケる!! と思って無意識に体勢を立て直そうとした次の瞬間に、もう一度身体が足が前のめりにガクンと来て、二段ゴケみたいな状況だったんですよ

ヘルニアも今の所は手術しないといけないような重症ではないようで。今はおかげ様で腰の痛みも脚の痛みもだいぶ楽になっていますが(特に就寝時の痛みは)、日によっては日中、痛みやだるさが強まります。

立ったり歩いてる時間が長かったり、逆にずっと同じ姿勢で座ってる時間が長すぎるとダメみたいですね。
特に前者が私の場合はダメみたいで、仕事やプランが大きく狂いました
まあ現在はどちらにせよ、大阪・関西がコロナでまた大変な状況になって来ているので、身体の状態如何に関わらずプランの変更を余儀なくされている状態ではあるのですが・・。

神社やお寺さんでお参りする時に、コロナなどの重病にかからないようにというのはどこでも祈願するのですが、厄除け祈願も念入りにしておくべきだったかなと思っています
お守りを身につけているからこそ大惨事にならなくて済んでるというのもあるのかも知れませんけどね。
皆様もどうぞお気をつけください!!



さてと、今回は大阪または関西某所のスポットについて書こうと思っていましたが、最近の関西でのコロナの状況を鑑み、状況が落ち着いてからご案内させていただくことにしました。

その代わり、押し入れにしまっていた昔のアルバムを引っ張り出してきましたよ。


987-56昭和アルバム写真1

「ARUBAMU」覚えたばかりのローマ字が書きたかったと見える(笑)
このアルバムには私が赤ちゃんの時の写真も少しあるのですが、この表紙の字は私が小学校高学年の時に書いたものに違いない。


過去記事で、高校まで住んでいた今はなき生家の写真をUPしたり、他の記事でも数枚程度、自分が幼児・小学生の頃の写真をUPしたことがありましたが、久々に自分の幼少時の写真をチョイスして何枚か載せてみたいと思います^^
や〜、こういう内容は久しぶりだな♪


987-56昭和アルバム写真7 987-56昭和アルバム写真5

子供の頃から写真映りに安定感がないというか、写真によっては別人のように見えるものもあるんですよね 右の写真、日差しが眩しくてあんな怖い目をしてるんだと思ったんですが、手のアクションから見て本気で怒ってたんか?もしかして(苦笑)


987-56昭和アルバム写真2-1

987-56昭和アルバム写真6

赤ちゃんの頃も含めて、モノクロ写真も何枚か残っています。
後ろの車が今見るとレトロやな〜


987-56昭和アルバム写真3

このブログ多分初登場、私のひいおばあちゃんと、ハトコにあたる親戚の女の子とパチリ。

ブログ掲載にあたってトリミングしていますが、この写真のフチに撮影年が記録されていて、それを見ると1973(昭和48)年の写真のよう。
ひいおばあちゃん、ここから2年も経たないうちに亡くなったことになります。この時はまだ元気そうなのに。
でも、元気でいる間にひ孫たちの顔が見られて、そういう意味では幸せだっただろうな。

あと、この時代のお年寄りというと腰が曲がっている方も相当数多かったけど、こうして見ると思っていた以上に姿勢が良かったんだなあと。


987-56昭和アルバム写真4

幸せそうないい顔で笑ってる〜!!
手に持ってるおもちゃ、あまり記憶に無いような。さらにズームしてみると・・


987-56昭和アルバム写真4-1

私が得意げに持っているのは「魔法使いチャッピー」のセットで、


987-56昭和アルバム写真4-0

ハトコが持ってたのは「魔法のマコちゃん」のセット!

チャッピーのこんなおもちゃなんか持ってたんだ〜!アッコちゃんのコンパクトは持っていた記憶があるけど、これはすっかり忘れてます。
あ、でもあの赤いテーブルだけは、微かに微かに記憶があるような気も・・・。

昔のこういう女の子のセットのおもちゃって、今見てもワクワクするものがありますね


987-56昭和アルバム写真8

親戚の家の前で。小学校4年生ぐらいかな? 親戚のおじさんの結婚式に出た時、もしくはお祭りの時、どちらかだったと思います。
たまにこういうよそ行きの服を着せてもらえると嬉しくも緊張しているせいか、自然におすまし顔になるという(笑) こういうよそ行きの服はお金持ちだった別の縁者のおばちゃんが何着か買ってくれて、今でも家に残っています。
ええとこのお嬢様ばりに上質なものを着せてもらってたなあと、今写真を見てもありがたく思います

私をこよなく可愛がってくれていたおばちゃんも3年ほど前に亡くなり、この家も今は空き家に。
一昨年、近くにあるお墓にお参りした時にここにも立ち寄ったけど、子供の時は広く見えた家の前の庭が意外に狭かったことに驚きました。

同じ前庭で、

987-56昭和アルバム写真11

親戚の家の近所に住んでいた男の子と。
せっかく華やかな着物を着せてもらっているのに、小学生ぐらいの頃からどうももうひとつ着物が似合わなかったんですよね
これは子供だからということでまだ可愛く見てもらえるかも知れませんが、成人式の時の振袖姿など本当に散々で、以来着物は着ていませんw 着物が似合う人が羨ましい。


987-56昭和アルバム写真10

小学2年か3年生ぐらいの時、家族と一緒に出かけた先で。
「ARUBAMU」の表紙タイトルを書いたのと同時に自分で書き加えたと思われるキャプションには「ひるぜん(蒜山)の神社にて」とあるのですが、他の写真を見ると常香炉が写っていることから、神社ではなくてお寺だったようです。

数年前に大山寺に行った時に、蒜山からも近いのでもしかしてここだったのでは?という期待を抱いていましたが、少なくとも本堂周辺の景色とは違っていました。阿弥陀堂には行かなかったので、もしかして阿弥陀堂だったのかな? この景色を見て、どこかわかる方がおられましたら是非教えてください もう一度この場所に行ってみたいんです。



987-56昭和アルバム写真12

親戚のお兄ちゃんと自宅の裏庭で。
おすまししてる雰囲気のかけらもなく、ランドセルも背負い、これぞ正真正銘の普段着写真ですな(笑) 
平成、いや令和の小学生と言っても通用する雰囲気ない?・・ないか(笑) 
このお兄ちゃんとも、この頃以来もう何十年も会っていません。

昔は写真映りがもうひとつであまり好きな写真と思った記憶はありませんが、今では子供の頃の写真の中でも好きな写真のうちの1枚です



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


こういう昔のアルバムって、数年おきぐらいには何かのついでにパラパラと見ているつもりなのですが、不思議なもので、同じ写真を目にしても自分の置かれている状況、精神状態によって気づくことや感じることが変わってくるものなんですね。それを今回は初めて認識しました。

昭和テーマのブログなので、見てくださっている方に昭和の頃の子供ファッションやら風景やら、色あせたフィルム写真のいい感じの味わいを楽しんでいただけたらという観点から写真を選んでいますが、私自身は今回は、写真に写る家族や親戚みんなの和やかないい表情に惹きつけられました。
亡き祖母や曽祖母、家族のように可愛がってくれた親戚。健在でありながらもう何十年も会っていない親戚や知り合い。
子供だった私にはわからなかった苦労や悩みもそれぞれに抱えていたはずだけど、写真の中ではみんなとても幸せそうに見えました。
こんなご時世だけど、“明るく朗らかに” 生きないとね。 ありがとう♪

また機会があれば、幼い頃の写真をお見せしマス
スポンサーサイト



時代の香りに癒される! 昭和40〜50年代の懐かしい公共広告CM

神は細部に宿ると言われます。そしてその時代の匂いが最も濃厚に表れるのも、人々の記憶からあっという間に消えて無くなりがちなこんなCMたちなのかもーーー。

今日は、昭和40〜50年代の懐かしい公共広告CMを軽〜くゆるく取り上げます♪





公共広告CMはACジャパン(昔は「AC 公共広告機構」でしたね)が担っていますが、1971年、74年、77年、80年は一部、「放送番組センター」という組織も担当しておられたようです。ACジャパンと並び、日本における公共広告の草分けとのこと。
今回、ご紹介するCMはこの放送番組センター制作のものが大半かも知れません。

私が特に強い印象として残っている公共広告CMは昭和の「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」のCMと、阪神淡路大震災の時の水のCM「人を救うのは人しかいない」、そして10年前の東日本大震災の時のポポポポポーンの「あいさつの魔法」のCM。金子みすゞさんの「こだまでしょうか」の詩のCMも印象に残っています。

やはり大きな震災の時には企業がCMを自粛することもあり、こうした公共広告のCMが何度も繰り返し流れるので頭に残りますね。その時のショックな心境とともに。


公共広告のCMは商品や企業のPR目的がない、いわゆる隙間を埋めるためのCMなので、一般的には普通のCMに比べて記憶に残りにくいはずなのですが、こうした震災時に流れたもの、そしてやはり昭和40〜50年代前半に流れたとみられるCMは今見ると何とも言えないインパクトがあります。

この時代の公共広告CMのキーワードは「That's シュール(ちょっと怖い?!)」





この一番最初のCMがそうですが、昭和の40〜50年代の公共広告CMというと、静止画をつなぎ合わせたタイプのものがちょこちょこあった記憶があります。
上のは“マンガ”の静止画ですが、実写のコマをつなぎ合わせた静止画のものも時々あったと記憶しています。





パペットを使ったCMは、昭和の香り満点

特に公共広告CMは、子供向けに交通安全や社会意識、マナーの啓発を促す内容のものも多いので、余計にこうした可愛いパペットが使われているんだと思います。
とはいえ、公害に関しては完全に大人の責任ですから、このCMは大人に向けたCMということになるのですが、大人向けとは思えないゆる可愛さが魅力です!




これもとびきりラブリーなパペットCM 可愛いですよね〜!

パペットものは可愛さと同時に、どこかシュールさを感じられるところも私は好きで。
人形の動き、コマ送りのぎこちなさが味わいがあって良いんですわ。




これなんか、上のパペットCMよりもさらに古い、本当に初期の公共広告CMではないかと思われます。
明らかに昭和40年代でしょうね。
可愛いというよりも、不気味さえ漂うレベルの拙さ、シュールさ(笑) 好きだ〜!! (笑)






この時代の公共広告CM、使われているBGMが無駄にオシャレでそこがまた好きだったりします(笑)
普通のCMや番組のBGMなどもそうですが、当時はジャズ調だったり大人っぽくてお洒落なBGMやテーマ曲が多く採用されていたんですよね。

開始後、30秒過ぎのところで出てくる自転車の「片手運転」の静止画がシュールでイッてる感じが出ていていい味出してます





2つ目の省エネ促進のCMを当時見た記憶があります

「時々エラーするお姉ちゃんがウィークポイントなんだ〜」という男の子のナレーションを、はっきりと覚えていました。映像は全く覚えてなかったですけどね。

公共広告CMって、昔は今よりも頻繁に日常的に流れていて、なんとなくこういう感じのCMだったな〜という傾向は覚えているのですが、一部とはいえこのように明確にディテールを覚えているCMは多くないので、久々に出会えると懐かしく嬉しくなります
省エネが叫ばれ始めたのが1979〜80(昭和54〜55)年なので、おそらくその頃のCMだったんでしょうね。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

前回投稿から1ヶ月空き、ご無沙汰しておりました。
次回は久々に、大阪あるいは関西某所のレトロ関連のご紹介記事をUpできるかも?!
期待せず、お待ちを。


追記:ルパン三世の1st、2ndのTVシリーズ、映画などの作画監督を務められた大塚康生さんが亡くなられたことを今知りました。合掌(悲)。

私の好きな70年代のNHK少年ドラマシリーズ(2)「七瀬ふたたび」

現在のブログを始める前、旧ブログをやっていた2007年頃にハマって見直していた1970年代の「NHK少年ドラマシリーズ」。
前回は「なぞの転校生」について、旧ブログで書いていた記事を大幅に修正・リライトしてUPしましたが、今回は「七瀬ふたたび」について取り上げたいと思います。

↓前回も述べましたが、ここでも念のためにもう一度。

『NHK少年ドラマシリーズ』とは・・
1972〜1983年にNHK総合テレビで放送された、主に小中学生向けのテレビドラマシリーズ。
夕方18時頃から2、30分間の枠で放送され(何週かに渡って放送される連続ドラマ形式の作品が大半)、原作小説をドラマ化したものが多かった。SFものを中心に、コメディ、中には海外作品などもありました。




987-59少年ドラマシリーズ七瀬ふたたび1

「七瀬ふたたび」 1979(昭和54)年 8/6〜8/18放送(全13回)

人の心を読むことができる超能力者・七瀬。しかし、七瀬に心を読まれたことを知ると、人々は七瀬を恐れ、迫害するのだった。一人あてのない旅に出た七瀬は偶然乗った列車の中で、予知能力を持つ恒夫、同じテレパスの能力を持つ少年・ノリオと出会う。
筒井康隆の原作をもとに超能力者の孤独と悲哀を描いたSF作品。(DVDの説明書きより引用)



「七瀬ふたたび」は、「なぞの転校生」と同じく70年代に少年ドラマシリーズの中でドラマ化された作品ですが、主人公の年齢などの違いからか、「なぞの転校生」に比べて全般にかなり大人っぽい仕上がりになっています。
以下よりもう少し詳しく↓↓↓



● ハイティーンの視聴者もターゲット?!「なぞの転校生」に比べ大人っぽく、スケールの大きな作りに

「なぞの転校生」の主人公は中学生でしたが、本作の主人公・火田七瀬の年齢は20代初め。大人です。
そういうこともあってか、小中学生向けの少年ドラマシリーズの中にあって、このドラマはそれよりももう少し上の高校生ぐらいまでも視聴者として想定していたと思われます。筒井康隆さんの原作小説自体が、当時の高校生〜ヤングアダルトの年齢層に読まれていたでしょうし。

「なぞの転校生」は学校と団地という限られた生活圏内のみが舞台で、収録もNHKのスタジオ内で完結していたのに対し、本作はロケが非常に多く、北海道ロケも敢行されています。物語の舞台、主人公らの移動範囲が北海道、東京、関西、マカオ・・・と広範囲に渡るところにも、子供向けらしからぬスケールの大きさがあります。


987-59少年ドラマシリーズ七瀬ふたたび2


● テーマは「少数者(マイノリティー)の孤独と悲哀」=全体主義への批判

設定のみならず、当然、内包されたテーマとその描き方も少年ドラマシリーズのSF作品の中では大人びたものだったと思います。
「なぞの転校生」のみならず、「未来からの挑戦」「その町を消せ」など少年ドラマシリーズのSF作品は、戦争や全体主義、行き過ぎた管理社会への批判がテーマとなっているものが目立つのですが、「七瀬ふたたび」は社会への恐怖と批判が他の作品に比べ、少年目線で見るとやや婉曲に、逆に言うと練られた形で表現されている気がします。

「七瀬ふたたび」では少数者(マイノリティー)の孤独と悲劇を描くことで、全体主義が暗に批判されているわけですが、一般的にマイノリティーと言うと、有色人種、女性、障害者等々、社会的に不利で劣った立場や状況に置かれざるを得なくなっている人のことを指すことが多いですよね。
でも、本作で迫害されていく少数者というのは、人並み外れた特殊能力を持つ人間で、まさにその「人並みを外れている」というところが問題になる。人より並外れて優れているがゆえに、逆に追い詰められてしまう。

自分とは異質な人間の存在を認めず排除する、そのことがどれだけ恐ろしいことであるかということに全く気づいていない大多数の「普通の」人々の恐ろしさこそが物語の肝なのですが、表立っての社会的弱者ではなく、自分たちより優れた能力を持つ相手であるがゆえの容赦のなさが、またなんと恐ろしいことか・・。完全に魔女狩りの世界です。


私は放送当時はこのドラマを殆ど見ていなかったのですが、もしも小学生の頃にハマって見ていたとしたらどんな感想を抱いたのだろうと思います。
間違いなく迫害される主人公・七瀬たちに肩入れして観ただろうけど、どこまでこのテーマを理解できたかな。
とはいえ、子供にとっては、難しい理屈抜きで「七瀬たちが可哀想」「ひどい・・」と感じるその素直な感情が一番大事とは思います。



987-59少年ドラマシリーズ七瀬ふたたび3


● 衝撃と悲劇のラストシーンに、70年代の感性とエッセンスが凝縮されている

「七瀬ふたたび」はこれ以降も何度かドラマ化・映画化されていて、私が少年ドラマシリーズの見直しをしていた時期も、リメイクドラマが近々できると話題になっていた覚えがあります。
それが、「NHKドラマ8」枠で2008年に放送された蓮佛美沙子さん主演の「七瀬ふたたび」でしたが、私は結局このドラマを観ることはありませんでした。

観ていないため、70年代の「七瀬」との比較はできないのですが、この時ネット上に寄せられた悲劇的な結末に対するポジティブとは言えないドラマの感想それ自体に、私は少しがっかりしました。
感想を寄せた方は、七瀬らが自分たちを追い詰める敵に最終的に勝利する結末を期待しておられたようなのですが、それは違うだろうと。

バッドエンドだからこそ、普通に生きたいけど生きられない七瀬ら特殊な人間たちの孤独と哀しみが見る人に伝わり、七瀬らを追い詰めた人間や社会に対する疑問が深まるのであって、単純なハッピーエンドでは少なくとも「SF」の名作にはなり得なかったでしょう。


それと共に、この終わり方は原作も含めて実に70年代らしい終わり方とも言えます。
「なぞの転校生」のところでも少し書きましたが、70年代はアメリカンニューシネマの代表作とも言える「イージー・ライダー」や「明日に向かって撃て!」(両方とも1969年にアメリカで公開された映画ですが、日本での公開は翌70年)が日本でも話題となり、お尋ね者、アウトサイダーたちの衝撃的かつ悲劇的な結末が鮮烈な印象に残る作品でした。

ショーケン、水谷豊さん出演の1974〜75(昭和49〜50)年のドラマ「傷だらけの天使」の、アウトサイダーな若者2人の絶望的な結末もその流れにあると言えます。

60年代末の世界的な学生運動などのムーブメントの挫折とそれによる虚無感がこのような風潮を生んだと言われていますが、そういった70年代前半のムードが「七瀬ふたたび」の結末にも投影されている気がします。
最終話の「森を走る」という、究極にシンプルながら切迫感と恐怖感が表れたタイトルもとても好きです。



● クールな作品と意外に好相性!若かりし頃の多岐川裕美さんの美しさ!




「七瀬ふたたび」と言えば、この「風信子(ヒヤシンス)どこへ」というエンディング主題歌が記憶に残っているという方が非常に多いようです。
私がもし当時ある程度ハマって見ていたら、この曲をこんなに覚えていないはずがないので、やっぱり殆ど見ていなかったんだと確信に至りました


それにしてもDVDを観た時も思ったのですが、主人公・七瀬役を演じたこの時の多岐川裕美さん、とにかくお綺麗です!!.゚+.(・∀・)゚+. この頃は20代後半のご年齢だったようですが。

筒井先生は、2010年に映画化された時のヒロイン、故・芦名星さんが最も原作のクールビューティーな七瀬のイメージに近いと評しておられたようですが、

「ヒロイン・火田七瀬を演じた多岐川裕美は、お嬢さん風の雰囲気に、時どきクールな憂いと妖艶さがあり、稀代の当たり役となった。多岐川はSFとの相性の良さを買われて1980年、小松左京原作による角川映画のSF大作『復活の日#映画』のヒロインに起用された。」(Wikipedeiaより引用)

とあるように、私も非常に七瀬の役が合っているように思いました。


多岐川さんというと、それまで私自身は昭和の頃から大河など時代劇によく出られていた(特に印象深いのは「鬼平犯科帳」の鬼平の妻・久栄役)ことと、あとは多岐川さんが主題歌「濡れてさよなら」を歌っていた「微笑天使」(ドラマの内容はよく覚えてないのですがこの歌はなぜか記憶に)、バブルの頃に「クイズひらめきパスワード」に出演されていた、といったイメージだったのですが、七瀬を観たことである意味、イメージが塗り替えられました。

デビュー作「聖獣学園」には過激なヌードシーンがあったりと思った以上にコアな役を演じておられたこともあったようなのですが(デビュー作に関してはある方のブログを読んで最近になって知りました(@@))、七瀬もそうですが実はこういう無頼なテイストこそが多岐川さんの本来の魅力と確信している次第です。
そう言えば、ほんわかとしたホームドラマのイメージは昔からあまりないんですよね。





今回も、前回の「なぞの転校生」に引き続き、70年代のNHK少年ドラマシリーズ「七瀬ふたたび」を、昔旧ブログで書いた記事をリライトしながら振り返ってみました。
少年ドラマシリーズは「七瀬ふたたび」が放送された79年には既に全盛期を過ぎており、以前は毎日夕方から放送されていたものが、この七瀬が放送された時はこの一作のみが8月の一時期に放送されただけでした。
しかし、シリーズ中では屈指の名作と評価の高い作品です。

70年代の匂いを存分に味わいたければ「なぞの転校生」、今見ても大人が見ても楽しめるという点では「七瀬ふたたび」かな。
ご興味がありましたら、ぜひどこかでご覧になってみてください♪

プロフィール

MANASAVVY(マナサビイ)

Author:MANASAVVY(マナサビイ)
昭和40年代生まれ。大阪在住。
前身のブログを始めた2007年より一貫して昭和のカルチャーやプロダクト、個人的な想い出などのテーマで書き続けています。
ブログの内容からか男性と間違われる事が多々ありますが、女性です。
「小々石 曲允子」の名で、レトロ旅ライターとして取材・執筆活動を行っています。

旅先でのフィルム写真の撮影、神社仏閣や(超)古代史などのトピック、野球観戦、2時間サスペンスの再放送視聴なども好き。

記事の無断転載を禁止します。
(C)ソラリスの時間
 

カテゴリー
タグ

過去記事オール一覧
全タイトルを表示
最近のコメント
ブログリンク&ブックマーク
QRコード
QR